息子のためのたまご開発秘話

新家族(農園スタッフ)の安齋●●さん

新家族(農園スタッフ)の安齋綾祐(りょうすけ)さん

息子の健康も、考えたい

息子のためのたまごは、私の発案です。

ある時、山口さんに勉強用にもらった農業雑誌の養鶏特集号をパラパラめくっていると、鶏の品種のページでやますけ農園にいる「ごとうもみじ」と「烏骨鶏」が目に留まりました。
同じページに、「アローカナ」が載っていたのです。
アローカナと烏骨鶏を掛け合わせた「翡翠鶏」も載っていました。

それを見た時、
「うちの農園のテーマは、『家族の健康のため』。私には息子がいる。ならば、息子の健康も考えたたまごをつくりたい」
と、思ったのです。

実は、うちの息子の名前の一文字が「蒼」。
薄いブルーの殻のたまごには不思議な縁を感じました。

息子が生まれ転職を決意

私の前職は、中学の保健体育の教員です。
仕事を替えよう、と決心したのは長男が生まれた時でした。
妻にそう伝えた時から、波乱の日々が始まりました。
妻にとっては私の決意表明は最悪のタイミング。
家族が増えたというのに、安定した公務員という職を離れて農業をやりたいと言い出したのですから。

もともと私はやますけ農園のたまごの顧客でした。
やますけ農園のことを最初に知った時は、安心して食べられるものをつくっている人が自分の地元・福島県にいたという事実に、驚くと同時にとてもうれしかったのを覚えています。
また、山口さんが脱サラ就農であることにも共感しました。

その人が、従業員を探している…
やますけ農園の従業員募集のお知らせをFacebookで目にした時、「ああ、いいなあ」と思いました。

将来の食事情への危機感

保健体育科の教員でしたから、以前から食べ物の身体の関係を調べていました。
調べるほどに、食べ物が原因で病気が増えている、なのにこの先はさらにその影響が大きくなりそうだという食の現状と矛盾に、将来の食糧事情への強い危機感がありました。

私はずっと、自分が生きるために必要な食べ物を100%他人に依存することは「危ない」と思ってきました。
なのに、私の生活は何も食を生産していない、そのことが怖かったのです。

家族の反対で一旦は断念

気持ちは、どんどん農に向かっていきました。
ならば、自分でお金を貯めて退職して就農する?
でも、それだと間に合わない……私は焦っていました。

いてもたってもいられず、山口さんに思いのたけを綴った手紙を送ったのが3年前(2017年)です。
実際にお会いして話しして意気投合するも、私の家族は全員反対。
早急な転職話は、一旦立ち消えになりました。

確かに、家族と十分にコミュニケーションが取れてはいませんでした。
私は反省し、家族ともっとよく話し合うことにしました。
しかし、説得はなかなか難しく、もう理解してもらえないかもしれないと思い始めた頃には一時離婚の話まで出ました。
何度も諦めかけ、このまま教員を続けようかと考えました。
しかし、将来を見据えた時、このチャンスを逃したらダメだとも思いました。

何のために働いている?

家族のためです。
生まれてきた子どもたちには、せめて元気に生きてほしい。
豊かな人生の土台となるのは、健全な心身。それを提供するのが親の責任です。それを果たしたい、そして子どもたちに人生を楽しんでほしいと心から思ったのです。
そのためには、安心して家族が食べることのできる食を生産する仕事しかない。

うちは、妻も中学の教員です。
2人とも毎日帰りが遅く、私は土日も部活で休みがありませんでした。
他人の子どもと過ごす時間のほうが圧倒的に多く、自分の子どもの世話ができないという矛盾に、何のために仕事をしているのかわからなくなっていました。
最終的にはこのことも、決断を後押ししました。

粘り強く時間をかけて説明しました。
そして、ようやく家族に納得してもらい、晴れて2020年4月から農園勤務のスタートとなりました。

「息子のためのたまご」は、私の家族や食や農への思いがたくさん詰まったものなのです。

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